哲学カフェにて「愛」を哲学する!

『哲学カフェ』を知っていますか?

 

フランスの哲学者マルク・ソーテがパリ4区にあるカフェ「カフェ・デ・ファール」で、哲学的な議論を公開討論会形式で始めたもの。

 

 

私は、この哲学カフェなるものを知りませんでした。ですが、フランスのカフェでは若者がお茶をしながら、さまざまなディープな話題を討論している、とても洒落た格好をしながら。

 

そんな光景をテレビで見かけて「素敵だな」と、ずっと思っていました。

 

そして、日本のカフェを見ると…。若者は稚拙な話題で持ち切り。

もっとお茶を楽しみながらディープな内容を丁々発止、日常的に語り合えば深い目で物事が見えるのに、と思っていました。

 

フランス人カッコイイ、と。

 

で、お話はその哲学カフェが日本の、それもたまたま私のシェアオフィスにあるフリー喫茶スペースで、なんと今度開催するというチラシ広告を見かけたのです!

 

それは、『哲学者の小川さん』というブログを書いている人、哲学者の小川さんが開催します。

http://39032997.at.webry.info/201802/article_2.html

 

この方、京都出身で京都大学法学部を卒業され、その後さまざまな経験を経て現在、山口大学国際総合科学部准教授をされている方。日本の哲学者であります。

 

で、2月17日はそのシェアオフィスのフリースペースで小川さんの哲学カフェ開催ですが、その日のお題が「愛について」です。バレンタインデーの3日後のお題です。

 

折も折、今日はバレンタインデー当日!

 

 

それで私も、その哲学カフェの開催に先駆けて愛について考えてみました。

 

「あの人は自分のことしか愛せない人だから」といった場合の「愛」って、自分勝手で愛とは全然かけ離れているように思いますよね。

 

一方、「あの人の愛は世界中を救っている」といった場合の「愛」は、例えばイエスキリストとかマザーテレサだとか世界中の人びとを幸せに平和にしてくれて、本当の愛ある人だなって思います。

 

でも、「愛とは」という問いの答えの愛って、自分のことしか愛せない人の愛と、世界中を愛する人の愛とは質の面を考えると、同質のものなのですよね。ちょっとビックリですけど。

 

愛って、人を幸せに平和に満たすことで、食べものを与えたり、着るものを与えたり、優しさや自由を与えたり。。

 

 

それは恋人や夫婦でも同じだと思います。まずは相手の幸せを考える。その上で同じ方向を歩きたい、とか。

 

それが、自分だけだと意地の悪いひと。なぜなら自分だけを愛することは、自分だけ幸せに出来ればまわりはどうでもよい。だからまわりには意地悪をしても平気。すると愛は自分だけ。

 

それをスペースの大小で考えてみると、その愛は世界中のスペース分なのか自分1人分の30㎠くらいの愛なのか。というリアルな広さの違いが、愛の深さになるという仕組み。

 

心の広さを問うときの答えと同じですね。。

 

「あなたの愛は何㎡?」という問いは、ちょっとヘンテコな問いかけかも知れませんが、よくよく考えてみると愛と心はそのリアルな広さ(㎡)の分だけがその人の愛の大きさであり、心の広さなのかな。。

 

と、愛について哲学してみたバレンタインデーでした。

 

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