美術館で思ったこと

近所に美術館があります。

 

たまに行くのですが、この美術館には私の住んでいる、周南市出身の芸術家の作品を常設しています。

 

 

 

 

「林忠彦」という写真家のフォトグラフを見て来たのですが、彼の作品は今回で数回目でした。

 

以前、林忠彦のフォトグラフを見たとき、「フーン。確かに素敵な切り口だな」と思ったことを思い出しました。

確かに洒落たアングルを知っている。そんな写真家だという感想。

 

 

それが。。

今回改めて、林忠彦の写真展を見たときに、衝撃を受けました。

 

「こんな写真が撮れるなんて」「なんて美しい写真なんだろう」

そんな想いに駆られてその展示室を出てきたのです。

 

今まで見てきて「確かに洒落た切り口」というくらいだった林忠彦の写真とは、彼の若い時分の頃撮った写真。

 

今回衝撃を受けたほどの写真は、林氏の晩年の写真だったのです!

 

林氏は若い頃は「太宰治」や「坂口安吾」、「織田作之助」といった、そうそうたる日本の作家たちをカメラに収めた人。

 

有名な写真に銀座のバー「ルパン」で、太宰治がスチールの椅子に足を載せて、リラックスしてお酒を飲んでいる一枚があります。。

 

 

海外の写真なども、今見ても斬新さや新鮮さを失わない写真が豊富です。

 

 

そして今日見てきた林忠彦の展示には、もう一つ部屋が増えてあり、そちらには林忠彦の晩年に収めた写真が展示されていました。

 

彼の晩年は、日本のどんどん失われていく風景を今、収めておかなければ。という焦りとも焦燥感ともとれる、時代の変化から失われてゆく日本の風景を追う仕事がありました。そしてもう一つ。

 

彼の故郷、山口県といえば明治維新の地域。

「長州」という呼び名があり、今も県内は維新の街という気風の濃い場所です。

 

この明治維新で、駆けめぐっていた志士たちの足跡を、カメラに収める仕事もしていました。

 

そして私が衝撃を受けたのは、アングルの圧倒的な「美」そのものでした。

 

若い頃の林氏にアングルの洒落感というものは感じていましたが、そこには精神の美というようなものは、感じませんでした。

 

林氏がその頃、つまり太宰治や坂口安吾、川端康成などのそうそうたる作家たちとの交流をしていた頃から、何十年後までの間に、とても測り知れない「学び」をしてきたのだろうな。と思わせる「成長」という言葉を使うのも憚られるほどの「違い」を見たのでした。

 

彼は晩年、肝臓がんを患いながら、これらの仕事のために日本中を後輩たちに助けられながら駆け回っていたのです。

 

そのパワーの源は志なのでしょうか。

 

「日本の失われてゆく風景を写真というフィルムに残しておかなければ」という想い。

そして故郷の「維新の志士たちの足跡を追う」という仕事。

 

 

「高い仕事をするために必要なものの一つに『志』がある」と以前、ある経営コンサルタントが言っていたことがあります。

 

 

世界の宝物を残す仕事に必要なもの、志は大切な精神性なのだろうな。

 

伝ちゃん先生も同じことを言っていましたものね。。

 

「志」

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